若い時の苦労は買ってでもせよ!
akkyです!
祖父はこう言いました。
「若いときの苦労は買ってでもせぇ!」
ことわざですね。
若い時の苦労は買ってでもせよ!
このことわざの解説はこのように書かれていました。
若い頃の苦労は自分を鍛え、必ず成長に繋がる。苦労を経験せず楽に立ちまわれば、将来自分のためにはならないという意味。
「苦労」は「辛労」「難儀」「辛抱」とも。
「若い時の苦労は買ってでもしろ」「若い時の苦労は買うて(こうて)でもせよ」ともいう。
祖父は孫の私にもそう教育しましたが、娘である私の伯母にも同じように苦労をさせるように働きかけてきたと話してくれました。
伯母は御年67歳になるのではないかと思いますが、その昔高校を卒業した伯母は、三重のド田舎の我が家から大阪のとある大手製造メーカーに入社。社員寮に住み、当時では珍しく実家を出て、かつ大阪という離れた地で働き生活していました。
なぜ祖父は伯母を家から出したのか?
それが「若い時の苦労は買ってでも」という意図だったそうです。
親元を離れて生活をすることで、社会性を身につけ、経済的にも自立すること。甘えず一人の人間としてたくましく生きてくれ!という思いがあったそうです。
そんな話を、私は中学を卒業するときに祖父本人から聞くことになるのです。
当時、父はアル中で、母は仕事で帰りが遅く、家庭が崩壊しそうなタイミングだったため、祖父母は見かねて、私を伯母の元へと、下宿するよう促したのです。
祖父は「まーちゃんも(伯母のこと)は若い頃から大阪に出て揉まれてきたから、誰からも好かれて家もうまくいってるやろ?」と、言いました。
だから、私にも親戚の家とはいえ、他の環境で経験してきなさいということだったんですね。
家を出たかった私の心境。
祖父の話はすっと心に入ってきました。
後先は忘れましたが、伯母も「いつでも来て良い」と話してくれて、あれよあれよと高校生活は伯母の家族とともに過ごすことになったのです。
私はもともとあの家をすぐにでも出たかったので、祖父や伯母の提案に神様が降臨したかのような心境になりました。
やっと開放される…と。
私はこの話が決まってホッとしたのですが、2人の弟たちは、「お姉ちゃんだけずるい」と、言ったのです。
その時初めて気付いたのですが、弟たちも、崩壊しかかっている状況を耐え忍んでいたんですよね。あの瞬間は今でも覚えていて、口には出しませんでしたが「ごめん…でももう私はこれ以上ムリだから」って思っていましたね。
そういう意味では、苦労を買ってでもしたの?って、自問自答したいところなのですが、やはり、良くしてくれる伯母の元に居るからといって気を使わないわけでもなく、当時は旦那さんである伯父や3人の子ども(同世代)と、おばあちゃんが一緒で、全員合わせて7人で暮らしていたんですね。
プチ大家族ですよね(笑)
そこから、私にとっての新たな修行が始まったというわけなのです。いい意味で(笑)